第52回日本生態学会 ・自由集会・ 木材解剖特性からみた熱帯樹木の生態 -熱帯林研究の新しい展開-

数種の熱帯産広葉樹における道管配向と樹冠への水輸送

京都大学大学院農学研究科  尾形 善之

【緒言】従来,樹幹の水分通道は,道管の寸法,通道の有無,水ポテンシャルの評価などによって説明されてきた.しかしながら,道管は根から樹冠まで直結しているのではなく,複雑なネットワークを形成することで,水分を効果的に通道している.この道管ネットワークを評価するために,道管の分布と配向を調べる必要がある.

道管は道管要素が樹軸方向に連なることで形成された通道組織である.木部細胞の配向,すなわち木理は,基本的に,形成層細胞の配向によって制御されている.しかしながら,道管の配向に関しては,道管要素の連結様式によって,形成層細胞の配向に対してややばらつきをもつことが可能である.そのため,2つの道管がねじれて配向している場合もある.このような局地的な道管配向のばらつきに関しては,走査型電子顕微鏡による観察や,樹脂鋳型法(道管内部に樹脂を浸透させ硬化させた後,木材の方を溶かして道管内部の鋳型を取る手法)による観察などが適している.しかしながら,樹木全体で評価するためには,これらの手法は煩雑であり,定量的な評価はやや困難である.
そこで,本報告において,簡便な各道管配向の定量的評価法を紹介し,熱帯有用樹種であるフタバガキ科のHopea odorataに対して本法を実施した結果を報告する.

【試料と方法】東タイに生育しているHopea odorata成熟木の胸高位から木片を採取し,供試した.供試木片から厚さ3mm程度の薄片を帯鋸で切削し,薄片の軟X線写真を撮影した.軟X線は密度の低い領域をより多く通過するため,面積の広い道管を容易に検出できる.また,軟X線の照射方向に平行な道管ほど,より明瞭に観察される.そこで,各撮影時に軟X線の薄片への照射角度を人為的に変えることで,各道管の配向を決定した.

【結果と考察】供試材の軟X線写真(Fig.)において,明瞭に観察される道管は軟X線の照射方向と平行であり,不明瞭な道管は照射方向に対して傾いている.樹幹の放射方向(写真の上方向)にたどると,明瞭な道管の層(△)と不明瞭な道管の層(▲)が交互に観察され,供試材が交錯木理をもつこと,すなわち,細胞の配向が時間とともに左右に変動してきたことを示している.そのため,樹軸に平行な木理(通直木理)と比べて,交錯木理自体が水分通道の分散に貢献していると思われる.しかしながら,詳細に観察すると,不明瞭な道管の層の中にも明瞭な道管が混在している.このことは,各道管が木理方向からばらついていることを示しており,さらに効率的に水分の分配に貢献していると考えられる.


Fig. 供試材薄片の軟X線写真


戻る