第52回日本生態学会 ・自由集会・ 木材解剖特性からみた熱帯樹木の生態 -熱帯林研究の新しい展開-

ボルネオ島キナバル山の異なる基岩土壌に生育する樹種の水分生理と木部構造

○杉原 正通(筑波大・環境)・清野 達之(京大・生態研セ)・北山 兼弘(京大・生態研セ)・安部 久(森林総研・組織材質)・岡田 直紀(京大・農・森林利用)

【緒言】 変成岩である蛇紋岩上に生成した土壌は堆積岩上に生成した土壌より樹木が生育するには一般に貧栄養 (主にPとNが乏しい) であると言われている (Kitayama K. and S. Aiba 2002).そのため,蛇紋岩地に生育する樹木は堆積岩地に生育する樹木より樹高が低く,蛇紋岩地に生育する林では種の多様性が低いことがわかっている (Aiba and Kitayama 1999).その原因として,生育する土壌の違いが樹幹の木部の構造に影響を及ぼし,その水輸送効率や水分生理特性の違いを生みだし,ひいては樹高の違いを生み出している可能性があると考えられる.本研究では,土壌の栄養塩量の違いが生育する樹木の木部構造と生理特性にどのような違いを生み出し,またそのことが外部形態(樹幹,葉の形態)や種の分布・多様性とどのようにむすびついているのかを明らかにすることを目的とする.

【試料と方法】ボルネオ島キナバル山標高約 1600 mにある堆積岩および蛇紋岩由来の土壌の2サイトを調査地とした.この両サイトともに気候条件と水分条件が同じで,土壌の栄養塩のみが異なると仮定できる.木部解析用試料,水分生理特性調査用試料は各サイトで針葉樹を除く林冠構成種,優占種を選び採取した.木部構造は,(1) 辺材の容積密度,(2) 道管1個あたりの平均内腔面積,(3) 単位面積あたりの道管分布数,(4 )木口面における道管の占有率を測定した.水分生理特性は,(1) P-V曲線法による水ポテンシャル,(2) LMA(葉面積重),(3 )葉の窒素含量を測定した.

【結果と考察】
木部構造と個体サイズ
辺材部の容積密度は,蛇紋岩地で平均値が堆積岩地より高い値を示した.また堆積岩地では容積密度の範囲が狭い樹種から広い樹種までみられた.気候条件の厳しいところでは容積密度の値が収斂することが報告されている(Williamson 1984)が,今回の結果から気候条件が同じで,土壌条件が違うところでも容積密度の値が収斂する可能性が示唆された.また蛇紋岩地では容積密度の高い樹種しか生育していないため,種の多様性が堆積岩地と比べて低いといえる.また蛇紋岩地の道管内腔面積の割合は堆積岩地より低くなった.道管内腔割合が異なる場合,(1)道管一個あたりの面積(2)単位面積あたりの道管分布数,という2つの要因が考えられる.今回の研究では,(1)(2)の両方が異なるのではなく,属内や種内でどちらか一方のみで差がみられた.Schima 属とTristaniopsis 属では (1) であり,Syzygium 属では(2)であった.

葉の水分生理
蛇紋岩地は堆積岩地より厚い葉をもち,細胞質内の含水率も少なく,葉内の水分減少にともなって原形質分離が起きやすい.原形質分離開始時や細胞質内の水分が飽和したときの浸透ポテンシャルは低く,葉の窒素含量も多い傾向がみられた.またサイトの全樹種間だけでなく,属内や種内で比較しても同様の傾向がみられた.このことから,堆積岩地の樹木は蛇紋岩地より光合成をより活発におこない成長を続けている.さらに,堆積岩地は蛇紋岩地より原形質分離開始時の葉の水分欠乏率が高く,細胞質内の含水率も高いため,蛇紋岩地より葉内に自由水を多く保持し,活発な光合成のために水をより多く失うことができる.逆に,蛇紋岩地の樹木は自由水が少ないため,光合成で失われる水分が少ない.しかし,蛇紋岩地は堆積岩地より葉の窒素含量を多くすることにより,光合成のための水利用効率をあげ,少ない水利用でも蛇紋岩地に生育する植物は炭素の同化を行っている.このことから貧栄養の蛇紋岩地に生育する樹種の葉は,乾燥地に生育する個体の機能と似た傾向を示していると考えられる.

【結言】堆積岩地は蛇紋岩地より水ポテンシャルと道管内腔面積割合が高く,また容積密度の値の範囲も広い傾向があった.逆に,蛇紋岩地は堆積岩地より水ポテンシャルと道管内腔面積割合が低く,容積密度の値も狭い傾向がみられた.これらのことから,貧栄養地では,樹木は水を失わないように光合成を行い,容積密度も高く収斂する傾向がみられた.このような性質は乾燥地に生育する樹木の性質と酷似しているため,土壌の栄養塩の違いが生育する樹木の水分生理特性に影響を及ぼし,そのことが種の多様性や分布に影響を与えるといえる.

【引用文献】
Aiba,S and Kitayama,K. 1999: Plant Ecology. 140: 139-157
Kitayama K. and S. Aiba 2002: J. Ecol 90:37-51
Williamson, G.B. 1984: Bulletin of the Torrey Botanical Club. 111: 51-55.


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