第53回日本生態学会 ・自由集会・ 木材解剖特性からみた熱帯樹木の生態2. 生育環境によって樹高と木部構造はどのように異なるか

タイ熱帯季節林の樹木
-乾燥常緑林と乾燥落葉林のフタバガキ科樹木の木部構造-

岡田直紀・丹路武道(京都大・農)

東南アジアの熱帯を代表するフタバガキ科樹木は,その殆どが常緑で熱帯多雨林を中心として分布している.しかし,高緯度にいくに従って湿潤な気候から季節性のつよい気候へと移り変わっていき,やがて落葉性のフタバガキ科樹木があらわれてくる.東北タイと北タイにおいて広く見られる乾燥落葉林は,落葉性のフタバガキ科を典型的な構成要素とするので,しばしば乾燥フタバガキ林とも呼ばれる.
 頻繁に繰り返される火災のために,乾燥落葉林に生育することのできる樹種は限られていて,そのために種組成が単純な疎林である.フタバガキ科の中ではShorea obtusa, S. siamensisが典型であるが,S. roxburghii, Dipterocarpus tuberculatus, D. obtusifolius, D. intricatusも見られる.生育地によって多少の差はあるが,その樹高は多くの場合20mを超えることは少ない.
 さて,東北タイの玄関口にあたるサケラートでは,環境研究ステーションの中に乾燥落葉林と乾燥常緑林が隣り合って分布している.ここの乾燥常緑林には乾燥落葉林に比べてはるかに多くの樹種が見られる.乾燥常緑林の方が降水量,土壌養分ともにやや多く,森林火災の発生は抑えられている.フタバガキ科ではHopea ferrea, Shorea henryana, Dipterocarpus turbinatus, Vatica sp. が見られ,サケラートの場合H. ferreaが著しく優占している.ただし,乾燥常緑林で一般にフタバガキ科が優占しているわけではない.上層木の樹高は30mを超え,密な森林を構成している.なお,環境ステーションに接する川沿いには,常緑性のフタバガキ科樹木であるD. alatus, H. odorataの30から40mを超える個体が見られ,かつては豊かな森林が存在したことを伺わせる.
 水分環境のこうした違いによって樹高には顕著な差が見られるが,その木部構造はどのようになっているのだろうか.常緑林と落葉林の両方に分布しているShoreaDipterocarpusとで比較すると,前者に分布するS. henryana, D. turbinatus, D. alatusでは,後者に分布するShorea obtusa, S. siamensis, S. roxburghii, D. tuberculatus, D. intricatusに比べて,道管の内腔面積が大きく道管密度(単位面積あたりの個数)が少ないという傾向がみられた.各樹種ごとに道管内腔面積のヒストグラムを描くと,乾燥落葉林の樹種では10000um2以下の内腔面積をもつ小径道管のピークが存在し,道管の二型(vessel dimorphism)がみられた.乾燥の厳しい落葉林のフタバガキ科の方が道管内径が小さい傾向にあり,特に小さい道管をもっているという事実は,これら樹種が道管のキャビテーション,エンボリズムのリスクを減らそうとしている結果だと解釈される.
 一個体のなかで高さ方向に道管を計測した結果によると,上方に行くにつれて道管密度が増し,内腔面積が小さくなる樹種・個体があったが,その傾向は全体としては明瞭ではなかった.ただし,道管の内腔面積と道管密度との間には殆ど全ての場合に負の相関がみられた.すなわち,水分条件に応じて大きな道管を少数もつか,小さな道管を多数持つかという選択が,生育環境の異なる個体で行われていると同時に,個体の内部においても高さ方向において同様の選択が行われていると考えられる.


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