第56回日本生態学会 自由集会 (W15)樹木は水をどのように輸送しているか -樹種,木部構造,季節変化-

小笠原に成育するキバンジロウ(移入樹種)とウラジロエノキ(在来樹種)の水分通導の比較

石田 厚・矢崎健一(森林総研・植物生態研究領域)

 小笠原は、東京から南、約1000kmに位置する海洋島である。第三紀に海底火山が隆起してできた島であり比較的歴史が古く、また島嶼が形成されてから一度も大陸とつながったことがない。そのため固有種率が高く、木本の約75%は固有種である。また比較的土壌が薄く降水量が少ないため、日本では他に例を見ない多樹種が共存する乾性低木林を形成している。しかし明治後期になって、多くの樹木が人為的に持ち込まれ、現在そのいくつかの樹種が、島内で分布を広げつつある。その中でキバンジロウは、乾燥した土壌の薄い尾根部にも侵入が見られる。キバンジロウの分布拡大の生理要因の一つとして、高い乾燥耐性と、土壌の浅い場所での降雨を想定しパルス的にくる水の利用特性が高いことを仮説として実験を行った。キバンジロウの比較として、極端に土壌の浅い場所には見られない在来樹種のウラジロエノキを用いた。
 当年性のポット苗木を、温室内で人為的に15日間乾燥させ、その後灌水した。キバンジロウは、乾燥期間中、葉の浸透調節を示し、落葉もほとんど起きなかった。また茎木部のCryo-SEMによる画像からは、キャビテーション(道管の水切れ)も見られなかった。灌水後も素早い気孔コンダクタンスや光合成速度の増加が見られ、キバンジロウの高い乾燥耐性とパルス的な水の高い利用性を示した。一方ウラジロエノキは、乾燥期間中、落葉が起き、茎木部の特に比較的古い道管でキャビテーションが顕著に見られた。また残った葉には、浸透調節は見られなかった。しかし乾燥後に灌水すると、キャビテーションを起こしていた道管に、数時間内で水の再充填が見られた。灌水後の葉のガス交換速度の増加は、キャビテーションを起こしていなかったキバンジロウよりも遅れた。すなわち乾燥させた時に、木部キャビテーションを起こし易いウラジロエノキは、葉を落とすことによって個体の蒸散面を減らしているが、浸透調節など葉の乾燥耐性にはエネルギーコストを大きくかけていないことを示す。
 これらの結果は、乾燥による木部のキャビテーションと落葉の起こし易さと、葉の生理的な馴化能力の間には、耐乾燥性におけるトレードオフの関係があることを示唆する。しかしながら著者らによるタイで成木を用いた研究では、落葉樹でも常緑樹でも、乾季に木部のキャビテーションは見られなかった。このことは、乾燥による木部キャビテーションは落葉に結びつくと考えられるが、落葉が必ずしも木部キャビテーションと結びついている訳ではないことを示す。従って今後、1)木部キャビテーションや水の再充填がどのような場面で生じているのか、2)それが葉の寿命や生理的な馴化能力とどのような関係があるのか、3)水の再充填の生理的なメカニズムは何か、ということを調べていくことは、樹木の多様な乾燥耐性のメカニズムを理解する上で重要な視点であると考えられた。


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