第56回日本生態学会 自由集会 (W15)樹木は水をどのように輸送しているか -樹種,木部構造,季節変化-

日本産広葉樹の樹幹における水分通道様式

梅林利弘(東大院新領域/九大院農)

はじめに
広葉樹の樹幹における水分通道経路は木部の管孔性に依存すると考えられている.温帯の落葉広葉樹において,環孔材樹種は当年の孔圏道管が主に水分通道としての機能を担い,散孔材樹種は樹皮側数年輪がその機能を担うことが知られている.しかしながら,落葉環孔材・落葉散孔材樹種内においても木部の解剖学的特徴は多様であるが,環孔材・散孔材樹種内における通道経路の多様性の定性的な説明はこれまで十分に検討されているとは言いがたい.また,通水組織(仮道管や道管)内の水分の移動は主に葉の蒸散により生じるため通道経路と葉のフェノロジーは密接に関係することが知られている.しかしながら,落葉広葉樹と同所に生育している常緑広葉樹に関しては種間における木部の解剖学的特徴と通道経路の関係について十分に検討されているとは言いがたい.そこで本研究では日本産広葉樹78種を対象に樹幹における通道経路の種間差を組織学的に解明することを目的とした.

試料と方法
2003年�2006年(7月中旬から8月下旬)にかけて,九州大学宮崎演習林と福岡演習林に生育している落葉広葉樹44種と常緑広葉樹34種の各種2本(胸高直径1-10cm範囲)を対象に立木染色試験を行った.地上高0.9m部位の幹をプラスチック製漏斗で覆い,地上高1.1m部位の幹が浸るまで漏斗内へ水を注ぎいれた後,水中下で幹の樹幹中心部まで切り込みを入れた.その後,染色液(0.2%酸性フクシン水溶液)を用いて切り込みを入れた部位(以下,基部とする)を30分間浸漬させた.染色後,ただちに伐倒し,基部より一定の間隔で2cm厚の円板を採取した.なお,横断面にて染色領域が肉眼で認められなくなった部位を最上部とした.得られた円板は,液体窒素中で凍結させたのち,凍結乾燥機で乾燥処理をおこない顕微鏡下で染色領域を観察した.

結果と考察
落葉広葉樹を対象に染色領域を観察した結果,従来の報告と同様に環孔材全種では樹皮側1,2年輪目が,多くの散孔材樹種では複数年輪が最上部まで染色されていた.環孔材樹種内ではいずれの樹種においても孔圏道管は当年のみであったが,それ以外の小径の道管は複数年にわたり染色されていた.年輪内において染色されていた小径道管の分布は種間で異なり,3つのパターンに分類された.散孔材樹種内においても年輪内で染色されていた道管の分布は種間で異なり,年輪全体,年輪前半,年輪後半に分類された.常緑広葉樹内において,半環孔材樹種は樹皮側1,2年輪目が,それ以外の樹種の多くは複数年にわたり最上部まで染色されていた.半環孔材樹種内では早材の大径道管は当年のみであったが,多くの小径道管は複数年にわたり染色されていた.そのため半環孔材樹種の早材大径道管の通道機能は落葉環孔材樹種の孔圏道管と類似であると考えられた.散孔材樹種内の年輪内の染色様式は年輪全体と年輪前半に分類された.放射孔材樹種は年輪全体の道管が染色されており,無孔材樹種は早材仮道管のみが染色されていたため,散孔材樹種の染色様式と類似であった.したがって,常緑広葉樹内でも種間で通道様式に違いがみられることが明らかになった.これらの結果から種間の管孔性の違いが通道経路の種間差をもたらし,常緑広葉樹に対し落葉広葉樹の方が通道様式はより多様であると考えられた.


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